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「ポケモンGO」に"けつばん"が出現するなら、私は歓喜する。



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世間では、【ポケモンGO】なるものが流行っている。
私は最初、「ぽけもん じーおー」と読んでしまった。私の仲間はいっぱいいるはずだ。いるよね?

このゲーム、要は先般流行ったIngressのポケモンバージョンのようなものであるらしい。ポケモンは日本のみならず、世界中で親しまれている。だから今アツいのだろうと思う。
一方で、ポケモンGOにかこつけた論評記事がそこかしこに出回っている。私はそういうのはキライだ。流行に乗っかってチマチマ文句言うくらいなら、常日頃から自分が書いているいつもの自分を出してほしい。筋を通してほしいと思うわけだ。




というひねくれた考えは捨てて、私もひとつポケモンに関するお話を書いてみようと思う。
動機は、単純にLoLのネタが無いからだ。だってゲームできないんだもん。。


















◆緑とフシギダネ

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私が最初にポケモンなるものに触れたのは、まだ小さい頃だった。年齢を隠すため、このくらいの言及にとどめておく。
当時、ソフトは緑と赤の2つがあり、色によって出てくるポケモンが若干違うという画期的なゲームだった。通信ケーブルという機器を使うと、ユーザー間でポケモンの交換や対戦ができる。
これにより、プレイしているユーザー間での交流を促すという仕組みだ。ロールプレイングゲームは1人用が当たり前だったことを念頭に置いて改めて考えてみると、なかなかのオーバーテクノロジーだ。

今も昔も草食系の私は、迷うことなく緑を選択。
白地にくすんだ赤茶ボタン、単三電池が4本もいるどでかいゲームボーイを使って、ポケモンをプレイした。暗いところではゲームボーイ専用のライトをハード本体に装着して熱中するほどハマった。






最終メンバーは確か、「フシギバナ・ラッタ・バタフリー・ピジョン・フーディン・ラプラス」だったと記憶している。
初期に手に入ったポケモンは、原則最後まで愛用した。ラッタの前歯やバタフリーの状態異常粉には、最後までお世話になった。
これは蛇足だが、赤・緑の頃のピカチュウはそんなにかわいくはない。知らない人は、ぐぐってみると良い。

当時のポケモンも、ポケモンGOほどとは言えないが相当流行った。40人弱が在籍していた私のクラスでも、ほとんどの子供がプレイしていた。
ネットなんて無い時代だから、情報はもっぱら他の子供から入手した。通信ケーブルを使ってカイリキーをカイロスに進化させたり、対戦で相手のミュウをスピアーでめった刺しにしたことは今でも鮮明に覚えている。






結局、私が四天王とライバルを倒しポケモンマスターになったのは、他の子供たちと大体同じ時期だった。
以後、151匹をコンプリートしようとする強者もいたが、コレクター欲が全く無い私はそこでゲームを終えた。だって、初期メンバーだけでふつーに勝てるし。

終えたと言っても、好きなゲームを周回する習性のある私は、何周もポケモンをプレイし直した。
最も好きだったエピソードといえば、やはりシオンタウンのアレを挙げるほかあるまい。そこでしか聞けない物悲しい音楽、それに見合ったいたたまれないストーリー。カラカラやゴースが私のパーティに加わることは無かったが、あれは非常に良かった。
















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その後、ポケモン金銀をはじめとしてシリーズタイトルが次々と出されたが、私はもうポケモンをプレイすることはなかった。強いて言うなら、ポケモンスタジアムでてきとーに遊んだくらいだ。
その理由としては、私の中でポケモンは初代で完結していたことがひとつ。経済的にソフトを買えなかったことがふたつである。



時を経て。
今、ポケモンGOがリリースされ、スマホユーザーは無料で誰もがポケモンに親しむことができる。

聞けば、初代ポケモンも多数存在し、捕まえ、育てることができるらしい。
フシギバナ、ラッタ、バタフリー。なつかしの私のパーティが、今スマホ画面によみがえるのだ。










































こんな単純なゲーム、私はゲームとして認めない。





ico_Annie.jpg < なお、リアル相方がハマった模様。









★★(以下、欄外)★★


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★★(欄外おわり)★★





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