ゲームという娯楽は、ディスられて当然なのか?



「あれ。○○(たるぼうのこと)って、ゲーム廃人なのかと思ってた」
彼女は何の気なしもなく、電話越しに私のことをそう評した。
私はその言葉の強烈さと自身の内に秘める価値観とのギャップに、苦笑するほかなかった。













私こと【たるぼう】の趣味は、間違いなくゲームだ。
両親がゲーマーだったこともあり、幼い頃からゲームに親しんできた。
初めてプレイしたのは【ディスクシステム】のスーパーマリオブラザーズで、その他で言えば【オパオパ】【ロードランナー】など、幅広いゲームに手をつけていた。

バブル崩壊の煽りを受け、時を経るごとに家計は火の車※1となった。
小遣いは中学生時点で1,000円。高校生でも、2,000円に到達することは最後まで無かった。
ゲームソフトも思うように買えなくなり、誕生日やクリスマスは何ヶ月も前から考えに考え抜いた「至高の1本」をプレゼントとしてもらうのが常だった。
購入してもらったゲームは弟と共有し、何ヶ月も、あるいは何年も続けて遊んだ。



大学生になり、これまでずっと貯めてきたお年玉を使ってパソコンを購入した。
目的の主は、もちろんゲームである。【こちら】でも書いてあるとおり、この時期からはコンシューマーゲームを離れてネットの仮想世界でゲームを楽しんだ。

社会人になっても、忙しい日常の合間を縫ってゲームをプレイした。
一時、過労で重篤な病気に冒された時も、その少し前まではゲームをしていたほどである。ゲームは私の生活の中で、重要な歯車として機能していた。

一方で、この趣味のことを公言することは、全くできなかった。
このブログでも再三言及しているように、田舎の人間にとってゲームとは、あくまで「子供がやる」「ゲーム脳の原因となる」ものでしかない。それを大の社会人が嬉々として楽しんでいるなんて、言えるはずもなかった。
飲み会の席などで趣味を問われた際は、常に「疲れているので寝ている」と答えた。おそらく周囲からは、あいつは無趣味でつまらない奴だと、今でも思われているはずだ。

















そんな中、無二の親友である彼女(イニシャルをつけても味気ないので、こう呼ぶ)には、そのことを伝えることができた。
彼女は、ゲームをほとんど触ったことのない種類の人間だ。唯一、【たまごっち】を遊んだことはあるが、育てたペットが死んでしまうことに耐えられず、すぐにやめてしまったらしい。
彼女は私が思うに、どこにでもいて、世間一般の常識を持っていて・・。つまり、ゲームに良いイメージを抱いていないであろう人間だった。

たかが自分の趣味を言うだけ。それだけなのに、無性に緊張した。
否定されたらどうしよう。卑下されたらどうしよう。そんなことばかり考えていた。
しかし、私の意を決したカミングアウトは、あっさりと受け入れられた。
あまりにあっさりしすぎて拍子抜けし、それ以上の言葉は紡げなかった。
ただ、彼女の「これは人には言えないよね」という言葉が、トゲのように私の心の何処かに引っかかった。今からちょうど半年くらい前の出来事である




そして、つい先日。私が体調を崩していることを知り、彼女はお見舞いの電話をかけてきてくれた。
「もうしんどくて、帰ってきても何もできないよ」と私が言うと、ゲームもしないのかと彼女は問う。
ゲームもろくにしていないと伝えると、彼女は冒頭の言葉を発したのだ。廃人、であると。

















彼女の言葉を真に受けて、ショックで寝込むようなことは無い。無いにしろ、少なからず私に衝撃を与えた。
たとえば彼女にとって、パソコン画面が常についていること自体、不思議なはずだ。
『用の無い時にパソコンの電源を切る人と、用のある時にパソコンの電源を切る人の2種類がいる』という言葉がツイッター上で出回っていたが、彼女は前者なのだろう。

加えて、パソコン画面には常にゲームのウインドウが開いている。
確かに他人から見れば、「ゲーム廃人」に見えても仕方のないことなのかもしれない。本当は、ゲームのクライアントを立ち上げていることが、ゲームをプレイすることに等しいわけではないにしても。



ちなみに彼女には、ゲームに関するブログを書いていることも暴露している。
【自分の行くべき方向性を見失いかけた】時、私は彼女に相談した。このままではいけないような気がする。しかし、私の今やりたいことと言えば、ゲームをプレイし、文章を書くことだ、と。
彼女は口に出さないまでも、「私の今やっていること」を鼻で笑う表現をした。
子供がやる遊びなのだ。ゲーム脳なのだ。少なくとも、大の大人がやるべきことではない、と。

そして、私は悟った。
これが、普通の反応なのだと。現状では、私は日陰者の域を越えない存在なのだと。







その一方で私は、そのような考え方は面白くないと明確に意識するようになった。
彼女は時として、娯楽を軽視するような発言をすることがある。ゲーム然り、趣味で毎年海外に出かけて家族でスポーツを楽しむ人や、ミニ四駆で大会を開いて盛り上がっている人に対して、「それが何につながるの?」と言いたげな目を向けるのだ。

ゲームは所詮娯楽だ。娯楽にそれ以上の価値を見いだすことなど、一般人の我々には非常に難しい。
ミニ四駆にしても、似たようなものである。「いい大人が」と言うには格好の的だ。スポーツだって、興味の無い人からしてみれば、心底どうでもいい娯楽にしか過ぎない。



しかし、娯楽の力というのは強大であると、私は感覚的に確信している。
もし生産的で文化的で「有意義な」もののみで世界が成り立っているのだとしたら、こんなに味気ないものはないだろう。古代ローマの『パンとサーカス』ではないが、娯楽無くして人間生活に色が帯び華やかになること※2など、私には到底考えられない。


なおかつ、娯楽から生じる生産活動という観点もある。
近年著しい成長を遂げた「コミケ」がまさにそうだ。彼らは所詮、自称絵描きと物書きの集団群衆でしかなかった。それが時を経て、何万何十万という人が動く巨大なマーケットと化したのだ。

現在、ゲームから生じる価値はほとんど無いのかもしれない。プロゲーマーとして大会に出場し、スポンサードを獲得するくらいが関の山なのかもしれない。
しかし、将来のことは誰にも分からない。もしかしたら、ゲーム分野でのニュースに需要が生じ、「物書き」が活躍し始めるかもしれない。もしかしたら、ゲームを共通の話題としたソーシャルカウンセリングが、一般化するかもしれない。
そんな時、草の根活動をしていた人々が、一斉に芽を出してくるだろう。多様性は、可能性だ。

















私は、たかがゲームに時間をかけて楽しみ、たかがゲームを題材にして文章を書く日陰者だ。
時間をドブに捨てる行為かもしれない。他人から見れば、非生産的でつまらないことかもしれない。
だが、人の評価で私は動いていない。自分の意志を以て、行動の根拠としたい。
そうしてこそ、人生面白いのではないか。


いずれにしろ、今はそういうことにしておこう。






※1 火の車といっても、お金が無く高校に進学できなくなりかけたり、通っていた塾の代金や大学の学費を自腹で払うしかなかった、くらいのものである。衣食住は確保されていた。

※2 当然ながら、人それぞれ娯楽の形があるだろう。「仕事こそ我が人生」とする人にとっては、仕事は娯楽にほぼ等しい。






あにー < 3,000字も書いちゃった。。








★★(以下、欄外)★★


そもそも、たるぼうってだれ?(プロフィール)

アニーちゃんって、どうやって育てるの?(ビルド)

この記事等について、聞いてみたい!(Ask.fm)


★★(欄外おわり)★★





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