【不具合②】身内を称えることもできない。


先日、【身内を褒めることができない】という記事を書きました。

あれからも1人考え続けていたわけですが、ちょうど「ダイヤモンドオンライン」にクリティカルな記事(【ほめることはその人を見下すことである】)がありました。
「嫌われる勇気」で一躍注目を集めたアドラー心理学を元に、対談形式でまとめられています。


かなり長い内容なので、一部抜粋・引用して紹介しようと思います。
※下線、色文字、人名以外の太字は【たるぼう】による装飾です。



岸見 先ほど言いましたが、人の課題に土足で踏み込むこと、踏み込まれることから、対人関係のトラブルは起こります。
土足で踏み込まなければ、対人関係がこじれるリスクはある程度避けられます。だから土足で踏み込まず、共同の課題にする手続きを踏めばいいわけです。





カウンセラーである岸見氏は、人の全ての悩みは人間関係に帰結するとし、具体的に親子の関係を例示されています。
親が子どもに「勉強しなさい」というのは、言わば子どもの課題に親が土足で踏み込むようなもの。なぜなら、勉強しなくて困るかもしれないのは、子ども自身だからです。

LoLに当てはめることはできるのかな・・・?


続きます。



神保 頼まれもしないのに相手は助けを必要としていると勝手に判断することが問題ということですか?

岸見 それはありますね。私の息子が小学生のときにこんなことを言いました。私が「甘やかしってどういうことかわかる?」と聞いたら、少し考えて「頼まれもしないことをすること」だと。正解ですね。多くの親はそういうことを平気でやっている。





これは分かりやすいですね。


と、ここまでは前置き。本題はここからです。



神保 アドラー心理学では、縦の関係と横の関係ということもすごく言われます。たとえば、親が「子どもによかれと思って」というようなのは縦の関係で、それでは問題は解決しないと。
とはいえ、親からすれば子どもとの関係は縦が当たり前だと思っているところがあるでしょうし、人生経験も親のほうが豊富なわけです。
それでも、「いや、そうではなく、横の関係つまり対等であるべきだ」という。その点を説明していただけますか。


岸見 親と子どもが同じだと言っているわけではありません。知識も経験もたまたま先に生まれたので、子どもよりは親のほうが多少はあるでしょう。そういう意味では同じではない。また、取れる責任の量が違います。
たとえば、ある家庭に門限があるとします。小学校1年生の子の門限が夜10時ということはあり得ない。責任が取れませんから。
けれど、もしその家庭に門限というものがあるのならば、子どもだけでなく父親にも門限がないと対等とは言えないということです。




「縦と横の関係」という概念が出てきました。
・・と言っても、これは身近にあるものですね。上司と部下の関係は縦ですし、同僚同士であれば横、と言えばイメージしやすいでしょうか。


そして、キーとなるのがこちら。長いのですが、全て引用しないと話がわからないので長いです。



岸見 ・・・たとえばカウンセリングに母親が3歳の子どもを同行してきたとしましょう。カウンセリングはだいたい1時間ぐらいなのですが、その間子どもは母親の隣で待たないといけない。
子どもは自分が置かれている状況の意味を確実に把握できると僕は信頼していますから、1時間おとなしくしていたからといって驚きはしません。
ですが親はひどく驚いて、カウンセリングが終わったときに「えらかったね」「よく待てたね」とほめる。
では同じような状況で、夫のカウンセリングをしているときに妻が待っていたとしましょう。1時間経って終わったとき夫は妻になんと言うでしょうか。


神保 「お待たせ」かな。

岸見どうして「えらかったね」と言わないんですか。

神保 ああ、そうですね。子どもだったら言うのに。


岸見 そこがポイントなのです。


「子どもは待てない」と思っているわけです。それなのに思いがけず待てたから「えらいね」とか「よく待てたね」という言葉を発する。でも大人同士でそんなことを言ったら失礼じゃないですか。だからほめる」というのは、能力のある人が能力のない人に下す評価の言葉なのです。

神保 「ほめる」というのは、上から下だと。

岸見 縦関係が前提ですね。横の関係だと絶対にほめはしない。





「褒める=上から目線」という図式があるとし、対等ではないとのことです。
うーん・・・。どこか違和感がありますが、確かに私自身何故身内を褒めることができないのかと言えば、その感覚があるから、という部分もあります。


第一、「褒める」という言葉自体、上から目線に聞こえます。まさに例示されているとおり、能力のある人がない人に下す評価の言葉のように思えるのです。

たとえば、私はアニーちゃんでフラッシュインからのフルコンボを決めることができます。それは体が覚えていますから、苦労することはありません。
しかし、アニーちゃんを使いたての初心者の方にとって、その動きは難しいものでしょう。フラッシュしたはいいものの、Ultを放てず返り討ちにあったり、はたまたUltをあさっての方向に撃ってしまったり・・。当然上手くいきません。


私はそこに、多少のアドバイスをすることはできるかもしれません。
しかし、もし偶然にもきれいにオールインができて対面をKillできたとしても、褒めることができません。
なぜなら、その行為にはどこか、私にはできるけど君はまだできないんだろ的な「傲慢な態度」が含まれているような気がしてならないからです。














・・・と、ここまで書いてはじめて、この考え自体が言葉遊びなのでは?と感じ始めてきました。

一歩譲って、LoLでの人間関係でも褒めることがダメだとしても、他の手法に切り替えればいいだけの話です。
先のアニーちゃんのオールインで言うと、単に「すごいね!」と言うだけでなく、「やったね!次は合間にAA挟んでみるとより良くなるよ」といった感じで、その人を認めた上で次へのステップを示すことはできるのではないでしょうか。


【前回の記事】でも書いたように、何も褒めることが全てではありません。認め、たたえ合うことで円滑な人間関係を築くこともできるはずです。それは決して縦の関係でなく、間違いなく対等の横の関係です。

にも関わらず、私はそれができないということは、やはり決定的な何かが欠けているからなのでしょう・・・。




とりとめもなく意味もない記事を書いてしまいましたが、もしかしたら同じ悩みを持っている方もいらっしゃるかもしれません。
そのような方にとって、前回・今回の記事が何らかの形で役に立てば幸いです。




Annie.png <つきつめると、哲学や宗教の話にもかかわってきそう・・。







★★(以下、欄外)★★


そもそも、たるぼうってだれ?(プロフィール)

アニーちゃんって、どうやって育てるの?(ビルド)

この記事等について、聞いてみたい!(Ask.fm)


★★(欄外おわり)★★





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深く考えずにすごとかうまいと思ったらいめえwwwwwwwでいいかと!

コメントありがとうございます!

まったくその通りなのですが、どうしても苦手なんですよね;;
本当にすごい!と思ったことに対しては言えるのですが・・。
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